徳島県つるぎ町にある土々呂の滝の周辺にはかつて土々呂七滝を記した看板がありましたが、古すぎて、滝名が読めないものがありました。
以下に今回、判明した事実を列記します。
(事実1)土々呂の滝の上にある多聞寺 奥之院 灌頂院の本尊は双身毘沙門天であり、七福神の毘沙門天を祀っています。
(事実2)土々呂の滝下流にある滝は大国滝と判明しました。滝のハンドブック 徳島100の滝に載っていました。
(事実3)七滝のうち、土々呂の滝下流右岸にある滝は福守滝と書かれていたそうです。
以上から七滝は七福神に関連した滝名がつけられていたと推測されます。各滝と七福神の関連は以下の通りです。
土々呂の滝…七滝の主瀑で、その上の灌頂院の本尊は双身毘沙門天であり、土々呂の滝も本尊の毘沙門天と同一視されていたと思われます。滝口付近は真ん中の大岩で2条に分かれており、本尊の双身とイメージが重なります。
大国滝…土々呂の滝下流にあり、七福神の大黒に対応しているようです。元々は大黒はインドの神様でしたが、日本では大国主命と同一視されるようになり、大黒を大国とも書かれるようです。看板も国ではなく〇黒滝と書かれているようでした(〇は判読困難)。
十輪寺の滝…土々呂の滝の少し上流の左岸支流の滝見橋から見える滝です。十輪 七福神は、淡路島にある寿老人を祀る十輪山 寶生寺を指す、との事で、七福神の寿老人に関連した命名の可能性があります。しかし、看板の十輪寺の滝の右側にある建物が十輪寺でその名の由来らしく、さらにその本尊は大日如来なので、寿老人との関連性はちょっと怪しいです。
福守滝…ネット上で看板を判読できた滝名で、土々呂の滝の下流の右岸対岸にある滝です。福守との関連から七福神の福禄寿に対応した滝名のようです。
壽滝(寿滝)…その名のままで寿老人からの命名としたい所ですが、寿の漢字がある七福神の残るは恵比寿に対応しているようです。七滝のなかでも比較的目立つ場所にあるので、多分合っていると思います。
行者滝…寿滝の上にある滝です。滝名ははっきりしていますが、その名に七福神の欠片も残っていませんが、残る七福神のうち、布袋か弁財天ゆかりの滝の可能性が高いと思われます。下流の寿滝が恵比寿だとしたら、その上流のこの滝は布袋関連の可能性の方が高そうです。その名からかつては滝行が行われていたようで、その土地になじみ深い点もその可能性を示唆していそうです。
名称不明滝…十輪寺の滝上流のこの滝は看板で滝名が読めていません。行者の滝同様に布袋か弁財天のいずれか、特に弁財天の方の可能性が高そうです。〇寶(宝)滝のようにも見えます。弁財天は商売繁盛・財福の女性の神様で、二臂の場合は琵琶、八臂の場合は宝珠など八つの宝を持っているそうで、寶とは縁が深いとの事です。八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍という表現は仏様が八つの顔と六つの臂(ひ)で活躍する様を比喩したものです。
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